Okamura
真言宗 金剛山 正法寺
本尊は大和の長谷寺の観音と同じ木である。白壇の香木に彫刻したというもので名高い。
「元正天皇の養老五年七月に創設されたといわれる。本尊は俗に雨乞い観音といわれ、干ばつの時に雨乞いをすれば、霊験あらたかなものがあるとして、農民の信仰は殊の外に深い。昔、行基がこの地方を巡ってきたとき、土地の農民は、干ばつのため苦しんでいた。行基は観音を作ってお祈りしたところ、にわかに大雨となり、田畑は生き返ったようになったという言い伝えがある。
本尊は秘仏として容易に開帳されないが、約五十年ほど前、大干ばつで田畑が乾きあがり稲が枯死しそうになった時、農民の熱望により、時の住職が昔の伝説を思い出し、特に開帳して祈祷を行った。すると、雷鳴とともに大雨が降り、一層、人々の信仰をあつめることになった。
別当の正法寺は、昔、岡村の観音堂の境内に建てられていたが、嘉応年間、長崎に移って観音堂から遠ざかった。しかし、時の住職、宥長法印がお堂を修理し、別当は依然として正法寺で勤めることにし、それ以来、観音の管理は一切正法寺から出張して勤めている。この観音堂の歴史はたいへん古いが、正法寺が長崎に移転する前、火災にあってお堂や塔は一切焼失したので古い記録も宝物も残っていないが、本尊だけは火中から取り出して無事であった。