第7番 岩波

Iwanami

天台宗 新福山 石行寺

岩波

平清水から2キロ余り、岩波は西蔵王高原へ向かう途中にある。

御本尊
十一面観世音菩薩 行基菩薩 御作
御詠歌
みなひとの あゆみをはこぶ いわなみの
ちかいはつきじ こけのむすまで
御利益
迷いの世界「六道」を超える数である「七」の札所
十種の勝利と四種の功徳
心願成就
生きる上での苦しみ・悩みを払う
住 所
山形市大字岩波115
交 通
JR山形駅よりバス
(西蔵王行)岩波下車
駐車場
大型は参道入口に路上駐車、
小型は境内駐車場に駐車
お問合せ
☎023-641-6514

歴史・由来

元明天皇の和銅元年、行基が仏教を広めるため、この地方を巡っているとき、風景が観音の故郷補陀落山に似ていることから、ここにお堂を建てた。岩波という地名は、前を流れる瀧山(りゅうざん)の流れが、岩に当たって白い波を立てているというところからつけられ、石行寺という名前は、石を踏みながら河原道を行くというところからつけられた。行基はお堂を建てるにあたって、下流から発見した霊木で、十一面観音像を彫刻したが、その木を見つけたところを元木という。

その後、清和天皇のとき、慈覚大師が新しくお堂を再建したが、これは「御作の御堂」と呼ばれている。橅(ブナ)の木を用いた素朴な建物である。長い年月の間、山形城主をはじめ、多くの信者により幾度かの大修理を繰りかえしてきたが、全面的な解体を行い、もとの「阿彌陀堂造り」に復元された。(県指定文化財)

脇士の不動明王と毘沙門天は慈覚大師の作で、他に、同じく大師彫刻の地蔵尊がある。大きさは一尺余りで、耳の病の人が祈念すれば治るといわれ、参拝者も多い。ここは、行基菩薩の開山、慈覚大師の中興によるもので、時代を物語る数多くの物が残され、自然の滝を取り入れた庭園も有名。

山形の歴史に関する文献をひらくと、南北朝の頃のこの地方の様子を知る上で最適な資料が、石行寺の寺宝として保管されているのに気がつく。それは、この時代に書写された「大般若経」百十四巻である。文和二年(1353)より永和元年(1375)までの二十三年間にわたるもので、このうち南朝の年号が十九巻、北朝の年号が九十四巻となっている。

岩波

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