第三十三番 庭月 にわつき

天台宗 庭月山 月蔵院

御本尊 聖観世音菩薩 慈覚大師 御作

ご詠歌

よろづよの ねがひをここに たのみおく

ほとけのにはの つきぞさやけき

いままでは おやとたのみし おひずりを

ぬぎておさむる にはつきのてら

朱印
▲朱印

太郎田から打ち止めの庭月までは四十三キロもあって、最上札所の中では最も長い距離である。本尊は聖観音、慈覚大師の作という。

近江の国、鯰江の城主、佐々木新太郎綱村が、出羽の国に国替となり、その姓を鮭延と改め、真室城を居城としたが、常日頃から観音を信仰し、近江から持参した本尊を城内に安置したのであった。ところが、家臣の庭月利左衛門広綱は、「観音は人々の苦しみを救う仏であるから、しかるべき霊地へ奉安し、広く一般の人々に礼拝させるようにしたらいかがなもの」 と進言したのであった。それにより、鮭川の清流に沿った風光明媚の土地に本尊が移遷され、それ以来、庭月と呼ばれ、多くの信者を集めるようになったのである。

鮭延氏が他国に移封され、庭月一族もそれに従ったことから、観音堂は一時荒廃を極め、見る影もなくなってしまったのであった。そこで、戸沢侯自らの発願により信徒から寄付を募り、寛文十一年四月(1671年)現在地に移転された。落慶法要は延宝四年(1676年)七月三日、円満寺住職、尊純法印を願主にして、盛大な法要が執行されたという。工事費は金八十両、米六十俵、戸沢侯よりは米二十石の寄進がなされている。また、尊純法印の発願により阿弥陀堂が建立された。

その後、蓮雄法印が弘化年間に再びお堂の建立を計画し、嘉永五年八月に落慶したのが、現在のお堂である。庭月の境内に入ると、まず「おかげ様門」をくぐる。我々は数え切れない程の「恩恵」を受けて生かしていただいていることに気づきなさい、ということなのである。巡礼堂があり、本堂があって、仁王門をくぐり石段を登り切ったところに観音堂を正面にして、右側に鐘楼 阿弥陀堂、光姫塚、百観音堂や記念碑などが建立されている。ご詠歌を奉詠し、おいずりを本堂に納めて帰ることから、本堂を別名「おいずり堂」ともいうのである。おいずりのほかに、納経帳とか、掛軸の古いものなども沢山おさめられている。

巡拝ガイド

■住 所 〒999-5207 最上郡鮭川村大字庭月2829
■TEL 0233-55-2343 FAX.0233-55-2505
■徒 歩 太郎田観音→白川橋→瀬見温泉→新庄→鮭川村→庭月→庭月観音
35km/9時間
■交 通 太郎田―[徒歩]→JR大堀→南新庄→新庄→羽前豊里(JR陸前東線・奥羽本線経由 37.3km/46分)―[徒歩]→庭月(約4km/1時間)
バスなし
■駐車場 大型・小型共参道入口に専用駐車場あり(無料)
■参 考 弁当持参すると山菜やタクアン、汁に茶の接待がある。(要予約)
最上観音めぐりの授与品などすべて用意されている

庭月観音堂
▲庭月観音堂

本尊聖観世音菩薩
▲本尊聖観世音菩薩

満願の菅笠
▲満願の菅笠

大晦日、NHKテレビゆく年くる年に2回放映された梵鐘
▲大晦日、NHKテレビゆく年くる年に2回放映された梵鐘

前を流れる清流鮭川(東北一、全国でも7番目の清流である。)
▲前を流れる清流鮭川
(東北一、全国でも7番目の清流である。)

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