第四番 圓應寺 えんのうじ

真言宗 大慈山 圓應寺

御本尊 聖観世音菩薩 弘法大師 御作

ご詠歌

おしなべて ほとけにむすぶ ゑんのうじ

たかきいやしき たのまぬはなし

朱印
▲朱印

山形市の中心より少し北側の宮町に、四番圓應寺はあります。本尊は、聖観世音黄金仏です。圓應寺は、室町時代の延文元(1356)年、山形城主・斯波兼頼公が城の北東方に位置した現在地に城の守護仏として観音を奉安したことに始まります。この本尊は、兼頼公が自信の兜の前立てとしてつけていた弘法大師作と伝えられる観音像です。

山形城主は代々この観音を崇拝してきたので、毎年沢山の寄進もあり、立派なお堂や塔が立ち並びました。しかし、最上義俊の時になって火災にあい、建物も宝物もすっかり焼けてしまいましたが、尊像だけは幸いに消失を免れました。又、最上家改易とともに広大な寺領は狭小化し、境内は荒廃した状態が続きました。

時が流れ、江戸・貞享三年に真言宗の存了律師が再興を計画して観音堂を改修。更に元禄年間には光有律師が三間四面の観音堂を再建するとともに、寺院の他、宝篋印塔、千体地蔵堂、弁財天堂、鐘楼堂等を整備しました。その後、享保五年に当時の住職であった比丘光嚴和尚を中心に、釘一本使用しない木彫の一丈二尺に及ぶ大観音坐像を創作、これを機に本尊はその胎内に秘仏として奉安されるようになりました。以後、三十三年毎に本尊直接参拝が出来る御開帳記念行事が行われて来ました。

法灯は再び輝きを取り戻しましたものの、寺領の田畑の多くを失っていたため、その維持は困難でしたが、大正初期に第十三代住職の武田神静師が、復興に努力、今日の礎をつくりました。以後、現住の祖父・宥芳和尚が引き継ぎ、勝芳和尚が新観音堂を建立、現住・啓芳和尚の代になり境内整備と共に新本堂が建設されました。観音様はふくよかな眼差しで「家内安全」「招福除災」の他、特に圓応寺観音は胎内秘仏本尊という特性から「良縁成就」「子宝安産」等の参拝者の願いを適え、永く人々の信仰を集めてまいりました。

平成18年の御開帳は、大法要を始め稚児行列が祭りに華を添え、多くの参拝者で賑わいました。次回は2039年に行なわれます。祭礼は毎年四月十八日、大晦日には除夜の祭が行われております。又、山形市内三十三観音の打ち止め札所でもあります。

巡拝ガイド

■住 所 〒990-0057 山形市宮町4-16-33
■TEL 023-622-3937
■URL http://ennouji.jp/
■徒 歩 千手堂→七浦→長町→沖の原→千歳橋→宮町→圓應寺
5.5km/1時間20分
■交 通 千手堂―[徒歩]→バス停千手観音、又は千手堂→圓應寺(山形交通バス山交ビル行 5.0km/20分/40本)―[徒歩]→圓應寺(0.3km/5分)
■駐車場 境内にあり 大型・小型とも無料
■参 考 圓應寺は山形市街にあるので便利。旅館は主としてビジネス関係。郷土料理などは古い旅館を選べばタ食等に味える。山形名物の「のし梅」「ふうき豆」などはよく知られている。

圓應寺本堂
▲圓應寺観音堂

本尊観世音菩薩
▲聖観世音菩薩

説明文
▲弘法大師修業石像

Googleマップで地図を表示

Googleマップ携帯用バーコード

バーコード

ページトップヘ▲